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2009年2月28日 (土)

師匠と縁があって「再会」する

 
[ 製本 ] 

なんとも不思議な縁を感ずる出来事があった。

「六十年後 よみがえった父の手紙」の再度の修整作業にはいっていた。
著者からお預かりしていた写真のアルバムをめくっていたとき、本の23頁に載せた写真にふと目がいった。

沖縄の戦没者墓苑に遺族があつまり、碑の前に代表者が立ち追悼文を読んでいる写真である。読まれている初老の方の顔に釘付けとなった。似ている。倉田先生に酷似している!20数年前、自分が四十代のころに製本を教わった倉田文夫師だ。
生前、師は「毎年6月に沖縄に行く。実兄の慰霊祭出席だ」と言っておられた。

確認したい。
新宿区新小川町の「倉田図書製本店」に電話をした。奥様がでられた。「ご主人の兄上は重砲23連隊におられましたか?」「はい」。
一瞬、私は胸が一杯になった。
奥様には、写真のコピー許可をいただき一度お宅にお邪魔させていただきたい旨を伝えた。
平成2年の弔問以来久しく御無音に打ち過ぎた。


師匠は東京都製本工業界理事長や技術専修学校長を長くつとめ、人望もあった。われわれ弟子たちにも温かい人柄で接してくれた。私は師から製本技術だけでなく、その人間性についても学びたいとも思っていた。だから、師が沖縄慰霊祭に参列されていたという話はずーと記憶に残っていた。

本「六十年後よみがえった~」は、母のタンスの底に眠っていた手紙を娘さんが発見され記憶にも残っていない父と再会した思いをするという話である。

その本づくりのお手伝いをしたという縁で、私も今回はからずも、生前の師匠と再会したような思いになった。

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2009年2月26日 (木)

「湯桶の口」は斜めについている

[ 製本 ] 

本のことをいろいろと書いてきたが、「ジャケ買い」という言葉は知らなかった。きょうの朝日「天声人語」に、出版界・書店特有の言葉が紹介されていた。 

曰く「中味を吟味するよりジャケット、つまり表紙で選ぶことだ」とあって、「文庫本売り場には、俳優の写真など派手な表紙がずらり平積みされている」と続く。
製本の集まりで印刷出版関係にお勤めの方と話したとき、「店頭には青い本は避ける」ということを聞いた。なるほど、派手な本ほど見た目にいいのか。

先日、コンビニの雑誌売り場に、「オバマ大統領の就任演説」本がCD付きで販売されているのをみた。980円ぐらいだった。買わなかったけど。
一方、「読めそうで読めない間違いやすい漢字」(二見書房)が売れているという。「読めそうで~」の本は、どんなジャケットなんだろう?
麻生首相の顔でもあしらってあればもう事ここに極まれりだ。

「湯桶(ゆとう)の口」という言葉がある。「話しに横から口をだすヤツ」のことを言うのだという。そば屋の四角い湯桶は角に注ぎ口がついている。

いまは「湯桶の口」というと本来の意味から離れ、単純に総理の口を指す言葉になっているようだ。ヒトの顔つきのことは書きたくはないが、二転三転もする口先ではそのように言われても仕方なかろう。

「ジャケ買い」のツケ払いをいま国民は思い知っている。

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2009年2月23日 (月)

「60年後よみがった父の手紙」

[ 製本 ]   
機関紙の編集経験はあった。単行本の編集らしきものもここ数年手がけてきた。
今回、はじめて「手紙を中心とした」本を一冊に仕上げるという編集機会を得た。一貫したテーマで書かれたものを本にするのは易いが、講演原稿、寄稿文、新聞掲載文、資料といったあれやこれやのものをまとめるというのは難しいものだ。
どうしても、雑誌のような多方向からの切り口という形にならざるを得ない。
いい経験をした。

[以下、経緯を書く。長い]

おととしのこと、75歳の女性が母のタンスから父の手紙百通弱を見つけたという話が出発点となる。
戦死した父のものは何も残っていない、と思っていたら、母親が戦地からせっせと送られた父の手紙、遺書などを持っていて、娘には見せていなかったということであった。
手紙の束の中には、留守宅の三人の娘の似顔絵を描いたものもあったり、前線から帰還できるのを楽しみにしている文言があったり、留守宅での商売について心配する内容や家族への思いなどが書かれてあった。娘の方にとっては、記憶もなかった父親と六十数年ぶりに再会した思いで、毎晩一通ずつ取り出して読んでは涙ぐんだ、という。
今回、その手紙を中心に父親への思いなどを綴っていただいた文章を中心に150頁あまりの本にした。
新聞にも取り上げられたり、展示会での公開などもあったので、掲載紙面や展示内容も記録ということで記載した。手紙と一緒に残っていた前線で撮られた父上の写真もあしらった。

編集をし、本としての体裁、装丁を考えそして製本までという一貫作業であった。

編集という点でみると前線の様子や上官との関係など興味をひく部分が多いし、戦地という極限状況で書かれたものは非常な存在感がある。だが本は読み物とは違い、あくまで私家本だ。
留守宅と戦地を手紙で繋いだ絆があった、という事実があり、このような家族を思う夫、父、祖父がいたことを遺族やその子ども・孫にも伝える本でなければならない。また戦争で肉親を失った家族の反戦メッセージもこめられていなければならない。

手紙の実物をお借りしているが、手にしてみると65年経過した現物の迫力は重い。
ハガキの一つに、上部にかすかな裂け目が入ったものがあった。目を近づけてみたら、同じ色の和紙を使い裏表に数箇所小さく補修がなされている。配達途中で折れ曲がり破損したものを、受け取った奥様が直したのだろう。遠く離れた前線からの手紙を何度も何度もふところから取り出しては読み返したであろうことは容易に想像がつく。

ともかくA5判150ページのハードカバー本を仕上げた。
表紙にはお母様の使っていた着物地を裏打ちしたものにした。ジャケット(カバー)は、2種類作った。一つは、沖縄のさとうきび畑の葉が生い茂るもの。ひとつは、娘たちを思って描いた似顔絵をあしらったものである。これから十冊程度作ることになろう。
表紙

表紙2

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2009年2月19日 (木)

30年前の有元さん

[ 製本 ] 
雑誌「クロワッサン」。
いまも続いているようだ。30年も前は、食べ物のことが多く載っていたので、なんどか買っていた。製本を始めたころだったので、5~6冊分の料理の記事のページだけ切り抜いて、集めて一冊の「合本」にした。本には、雑誌の表紙から誌名のタイトルを切り抜いて貼り付けた。
単身赴任で自炊していたときには、この合本をときどき眺めては美味い物を作って食いたいと思っていた。
30年も前の雑誌を今の時点であらためて見るのは楽しい。

料理記事のなかに「有元葉子」という名前をみた。
写真入りで、家庭の料理のあれこれが紹介されている。有元葉子さんの下には「主婦」という肩書きが書かれている。
有元
そうかあのころは、まだ彼女は「料理研究家」ではなくて、家庭婦人だったんだー。
テレビの「きょうの料理」で何度かみて、小柄でテキパキと動く彼女には好感を持っていた。
当時の写真を今見てもとても素敵だ。
有元さん

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2009年2月17日 (火)

広島出版の本を復刻する

[ 製本 ]   
表紙


表紙

 手塚治虫の「新宝島」は、1947年1月に発行された。40万部という大ヒット作となった。現在、程度の良い古本は300万円の値段がついているという。みな、本に飢えていた時代、印刷インキもなく、紙も配給対象になっていた。

 そんななか、広島市内にある広島図書という会社が「銀の鈴」というフルカラーの絵本を発行している。荒廃した日本で子どもたちに少しでも良質の絵本をという趣旨であったと聞く。さらに同社は「プレイメート」(playmate)という月刊絵本をだした。
 今回、たまたまそれを保存している方がいて「見つけた」とおっしゃってそのコピーをいただいた。中味は戦前からの日本の習慣などを描いたものであるが、一面妙にバタくさい調子のものがある。そもそも表紙に大きく書かれている《日米教育圖書研究會企画》というのが気になる。

 この絵本を保存しておられたKさんは、「日米~會は戦後まもなくのことでもあり、GHQがらみで発行されたのではないか」と推測する。たしかに、書名のプレイメートにしても、その脇に英字でplaymateと書かれたことからしても、米軍のバックアップがあって用紙や印刷インキなどの手配がなされたのではないか、と想像がつく。
 ただ、発行所がなぜ東京ではなく広島であったのか? 原爆を投下した米国の贖罪意識があったのか?そうではなかろう。やはり、もともと広島市には子ども向け出版物の土壌があったようで、渡辺玲子著「お母さん童話の世界へ」(文芸出版社)の本でそのことを知った。

 ともかく、四カ月分のコピーをいただいたので、A5サイズに縮小して小冊子を作ってみた。
題名は「復興期の広島で作られた絵本たち。《日米教育圖書研究會企画とは》」と名づけた。中綴じ55ページ程度のものである。

これから、広島における出版についてもう少し調べていって内容を充実させてみたくなってきた。
 


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2009年2月15日 (日)

新譜「いきる・由紀さおり」

 
[ 音楽 ] 

由紀さおりが、今週『いきる・由紀さおり』という40周年アルバムを発売する、という。
さっそく注文した。声もさわやかで音程が正確。失礼ながらバックで流しながら仕事をするには一番よい。

2月14日付朝日新聞「b5」によると、昨年録音は終わっていたが、出来に不満足で年があけてから再度録音し直した作品だという。
「湯船に身を浮かべたかのような歌声」で「誰もが知っているけど、誰も知らなかった由紀さおり」ということで、どうやら由紀が還暦を迎えて新境地を開いたようだ。

中村中の書き下ろし曲、アシャ(仏歌手)の曲を詰め、さらに「チューリップのアップリケ」(岡林信康)も入っているという。職業差別だと自主規制された歌をどんな風に歌うのかも興味がある。ひょっとして「流しながら」聞ける音楽ではないかもしれない。

それにしても「還暦」とは。
亡妻は由紀の幼稚園のとき同級生であった、と言っていた。鶴見の豊岡通り商店街を傘をクルクル回しスキップしながら帰っていった姿が記憶に残っている、と言っていた。
まあ、女性のタレント・歌手は年齢不詳部分があってもよい(笑)。

【送料無料】いきる / 由紀さおり

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2009年2月14日 (土)

マヨしょうゆ

[ 料理・食べ物 ] 

マヨネーズにはしょうゆをまぶす。
カリフラワーは、これでなくてはならない。固めに茹でる。これでビールがすすむ。
マヨしょうゆ

ドレッシッグは「tetsuya’s」。オーストラリアの日本レストランのもの。シェフのプライベートベランドだという。
およそ独り者の台所には似つかわしく高級品だが、生の魚にあう。
もちろん戴き物(笑)。


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2009年2月13日 (金)

右と言われると左に反応する

きょうは人間ドックの受診。

毎年のことなのだが、レントゲン検査で「右を向いてください」と言われると、左に反応する。

今回も超音波検診で「左側に向いてください」と言われて横向きになったら、「いや、反対側です」と言われてしまった。

超音波検査は、なま温かい液を腹部に塗る。それから、なにやらゴリゴリと目的の臓器周辺を抑えていく。
検査前から「腹部膨満感」を覚えていたが、下腹部にあたりになったら、しきりに外部に発散したいゾという腹部の気体を感ずるようになった。

終わってから、先生に「おさえられたもんだからガスが出たくなりましたよ」と言った。

先方も慣れたもの。採尿コップを渡しながら「次の、尿検査でご存分に発散させてください」だって。

ともかく当日にわかる範囲では異常なし。
心房細動は、前は変わりなかった。

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2009年2月12日 (木)

60年後の絵本との再会

[ 製本 ] 

磯子製本の会の帰り横浜駅で高島屋に寄る。絹谷幸二展を思い出し会期中かどうか不安だったが七階の催事場に昇る。

絹谷は長野五輪のポスター「銀嶺の女神(1997年)」(写真右・チケット写真の肖像画)で有名である。
今回の展示会は日本各地にある祭りを描いた大作を中心にしている。
博多祇園山笠の絵では、「前切れ、前切れ」の掛け声を文字で書き込んである。絹谷作品に多い手法だ。

「色彩はエネルギーの源。色彩は人を発奮させ、元気にする」と画家が語っているとおり、赤の原色が目にまばゆい。原色と原色が隣りあわせで使われている個所が多い。
2月16日まで。

磯子の会では、Kさんから複写したから持ってきた、といって、昭和23年発行の「プレイメート」4冊分をいただく。絵本「銀の鈴」を発行していた広島印刷が、日米教育図書研究会という団体の企画で出したもの。
プレイメート

先日、kさんが実家の押し入れにあった中から偶然見つけたものだという。幼いときに何度も読み返した絵本と60年ぶりの再会となった、という訳。

コピーの各ページを眺めてみて、戦争が終わって三年目、印刷する紙もない物資逼迫の時代に広島市内でこんな素晴らしい絵本が作られていたとは驚異的だと思った。
「日米教育図書~」や題名の「プレイメート playmate」という文字から察するに、進駐軍の肝入りで作られた絵本のような気もする。売価35円。
絵本作家は、鈴木寿雄、黒崎義介、武井武雄といったそうそうたるものである。

これをベースに私家本を作ってみるか。

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2009年2月11日 (水)

ゴンチチ「世界の快適音楽」

 
[ 音楽 ] 


毎週土曜日にゴンチチ(チチ松村とゴンザレス三上)のDJ番組がある。NHK・FM放送の「世界の快適音楽セレクション」。かなり以前からやっている番組だが、ここのところじっくりと聞くことが多い。
ワールドミュージック好きな私としても面白い。
毎週、録音しておきたくなった。

先週は、「ブルブル」をテーマにした「快適音楽」であった。テーマは「ブルブル」であれば強引に関連づけて選曲しこれに二人の語りがからむ。

寒さに震えるとブルブルするから「北風小僧の寒太郎」(堺正章)、「越冬つばめ」(森昌子)。さらに恐怖で震える音楽も「ブルブルする」から、クリード・テーラー・オケーケストラの「.ザ・クランク」。聞いたことのあるものもあるが、ほとんどが初めてのものばかり。
このあたりはごく当たり前に関連づけたものだが、こんなんじゃない。とんでもないこじつけが続く。

ピアニストが猛烈なスピードで鍵盤を叩くとき二の腕が「ブルブル」するだろうからと、アナトリー・ヴェデルニコフというピアニストの「「“ピアノのために”から トッカータ」という早弾きのピアノ曲を流す。
太った人も体がブルブルしているからと、元横綱・コニシキのハワイアン「サノエ」となる。
二人して「いい曲ですねー」なんて喋りが続いていく。

このあたりの強引でバカバカしい選曲がなんともいい。
面白い音楽ならなんでもかんでも聞きたい私の趣味にぴったり。

さて、カセットデッキは押し入れの奥深くにしまってある。いまさらカセットでもなかろう。
余分な出金はしたくない時期だが、迷った末SDカード、USBメモリー両方に録音できるCDデッキを買ってしまった。

 KENWOOD(ケンウッド) ☆CD/SD/USBパーソナルシステム CR-A7USB-S(シルバー) CRA7USBS 【090209_送料無料】

写真も入るし、データも入るSDカードは小さいから便利だ。これにtimedomainのスピーカーをつなげて聞く。

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2009年2月10日 (火)

天国からメールは来るか?

[ 製本 ] 

まさか、今どきFDを使っている人がいるとは思わなかった。

私家本「60年後に届いた父からの手紙」の編集作業をしていたら、預かった資料の中にFDに収納されたデータがあった。使っているパソコンにフロッピーディスクの挿入口はない。別付けのFD読み取りをつなげてHDに複写することができたが、この装置を最終に使ったのは何年前だったか? 果たして動くかどうかも不安だった。

話は変る。
今朝の朝日新聞東京朝刊「ひととき」欄(東京本社版)に「亡夫からのラブレター」という投稿が載った。東京に住む72歳の女性で、愛媛にある実家から8年前に逝った夫の若いときの手紙が見つかった、という内容である。

43年前に次男を出産するために実家に里帰りしていたときにくれた手紙で、
「~(夫の手紙を)読み進めていくと、はがきが届いたその夜は、何度も読んではたばこを吸い、また、はがきを眺めてはたばこに火をつけて……。なかなか寝付けず、やっと明け方に眠れたが、とうとう会社に遅刻してしまった、とある~」
「生前はケンカも多く、仲がよかったとは決して思っていなかった。『読んだら、破ってすてよ』と最後に記してあったこの手紙が、天国から再び届いたラブレターのように思える」。
ざっと、このようなもので、「夫に感謝を込めて」と結んである。
読んだこちらも何だかほっとした温かい気分になった。

手紙は何年も経ってから見つかっても、紙がちゃんとしていれば読むことができる。

もし、ラブレターがFDに入っていたらどうだろう? 
カセットテープに録音した愛児の声はあと10年経っても聞くことができるだろうか? 
ケータイで交わした愛のメールのやりとりはどうだ?

紙というアナログ媒体は強い。頼りがいがある。あんたは一番!。

そのうち技術進歩が進み、天国からメールから送られたメッセージがパソコンの受信ボックスに届く日も来るだろうか、
まさかネ。

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2009年2月 9日 (月)

2時間は長すぎる「旭山動物園物語」

[ 映画 ] 

映画「旭山動物園物語ペンギンが空を飛ぶ」。

なんでマキノ監督作品はこうもくどいんだろう。

監督第2作の「次郎長三国志」もそうだったが、マキノ監督映画は詰め込み過ぎの感がある。
前半の動物園困窮時の挿話がやたら多い。さらに中盤以降の困窮打開の挿話も冗長に過ぎる。全体で90分程度にしてもらいたい映画である。

ただ、ラストで園長の退職日の一日を描いた部分は、映画全体の締めともなっていてなかなかいい。エンディングは、花束と鞄を下げ動物園を後にして、ひとり下り坂を歩いていく園長(西田敏行)。段々とその後姿が小さくなっていく。
自分自身2年前に体験した一日でもあり当時の気分がまざまざとよみがえってくる。

また、フラミンゴのいる池に青空が写った一瞬のシーンがある。青い空(実際は池)にピンクのフラミンゴが映え、そのコントラスト映像はみごとであった。

達者な俳優が脇を固めている。おかしかったのは岸辺一徳と長門裕之。

岸辺一徳演ずる一癖ある飼育係は、葬儀の席で酒に酔って絡む。
この場面は何かの映画で見たことがあるぞ、そうだ「青春デンデケデケ」だ。
結婚式で酔いつぶれ、それが元で亡くなる教師の役をやっていた。
長門裕之は、マキノ監督第1作「寝ずの番」で亡き「笑満亭鶴橋」を演じた。
「旭山~」でも、じゃれついた(推定)象に殺され黒枠の写真に納まって出てくる。

よくよく遺影が似合う役者なんだろう(笑)。

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2009年2月 8日 (日)

画家の作った一冊限定本

[ 製本 ] 

「一冊だけの本」というのは、いくつも作ってきた。
画家が白紙に絵を描いた一冊本というものを、手に取って仔細に鑑賞する機会があった。
写真を撮らなかったのが残念だが、著作権もあるから仕方がない。
画家の作品展のハガキをご了解を得たので紹介したい。
山本達雄画


作者は山本達雄さん。
ブラジルやパラオ諸島のイメージを絵にしている。
手に取ったのは、ハガキ大の白い本の片側に彩り豊かなブラジルの海岸の印象を描いたもの。イラストに近いタッチでヒトや猫、トリなどが各頁で躍動している。
本を作る者として興味があったのは、絵のおもしろさもさりながら、一冊本そのものの作りであった。聞いたら、市販の白い画帳だという。全部で100頁。
表紙は画帳のままだから白い。これにジャケットが付いていばなー、と思う。

この100枚の自筆画が値段は×万円。心が動く。自作本の装幀などに使うことを考えた。
コピーライトのことが気にかかるが、自作限定本や自作CDへの二次利用は可能だという。もちろんコピーライト表示(Copyright© 2005 Your-Name. All Rights Reserved)はする。

↓こちらのブログに山本さんの絵の紹介がある。
http://ameblo.jp/titoparupalo/entry-10154168510.html

本づくりも嵩じてくると、絵と文章をあわせた作品らしきものを作ってみたくなる。

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2009年2月 7日 (土)

トルコのマーブル技法(展覧会)

 
製本をやって「マーブル紙」の存在を知った。
20年前、製本家の倉田師のところで、講習をする、という話もあったが、とうとう教わる機会もなく終わってしまった。
マーブルというのは墨流しのようなもの。水面においた絵の具を櫛状のものを使って一定間隔の縞をつくり、その流れる模様を紙に写し取る。紙は本の表紙や見返しなどに使われる。

いま、銀座・伊東屋でトルコのマーブル紙の展示会が開かれている。(2月9日まで)
(案内ハガキ)
「水面に描いた花や模様を紙や布に写し取るトルコの伝統芸術(エブル)。今展では、トルコをはじめ日本で活躍中のエブル作家、ニメット、エムレ、ヒキメット、エキレキリ三姉妹や、ハティジェ・ホセムラの創り出した独自のエベルアート作品約40点~」


会場の一角で行われたデモンストレーションでは、牛の胆汁を混ぜた溶液につける方法が紹介された。ほぼ知識としては知っていたが、混ぜた縞模様の絵の具をきれいに写しとる手技には思わず声をあげた。
だが、展示してあった作品はただ写し取るだけという単純なものではない。
アラベスク模様を描いた上にマーブル技法を重ねたものかと推測するが、もっと複雑だと思う。

上掲の案内ハガキにある作品をご覧いただくと、中心部の花自体が溶液の流れ模様でできていることがお分かりいただける。

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2009年2月 6日 (金)

USBメモリ

[ シンプル・ライフ ] 

急な電話で病院に駆けつけた。知人が心臓発作を起こしたという連絡。小康状態にはなった。夜、遅くやっと家に戻った。
前日も渋谷から最終電車で家に帰った。こちらはギターOB会の定例演奏ライブだった。一緒に行った友人もマスターしたばかりの新曲を披露。私も打楽器を手にしてついつい乗ってしまった。
「電話したけど出ないなー」と言われた。そう言えば今週も連日出歩いてばかりいる。
また宅急便の不在通知がドアに挟まっていた。広島の友人が送ってくれたカキだ。早く受け取らないと。

昨日買ったUSBメモリー。2GBで980円。いままで便利に使っていたのは64MB。
たった一年余の間に値段は半分以下になり記憶容量は30倍以上にもなった。
いくらでも写真は収まる。
パソコン周辺機器の開発スピードは猛烈に早い。
キャパはどんどん広がっていく。

だけどそれを使うナマミの人間のキャパには限界あり。

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2009年2月 4日 (水)

受験の季節

 

夕方、神田の淡路町駅で待ち合わせをしていた。

親子連れが改札口を通った。
男の子は小学校六年生ぐらい。
うつむいて片手を目にあてている。母親が肩に手を添えていた。すぐに察した。
この時期だから受験の結果が出たのだろう。神田には学校がいくつかある。
失敗したっていいんだ。これがバネになって三年後、別の成果が出れば結果オーライだぞ。

地下鉄・淡路町駅に貼ってあった案内。

待っている間についついイタズラしたくなったんだろうな。

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2009年2月 3日 (火)

神田を歩く

2月2日、一日よく歩いた。

1.午前 千葉市検見川公民館。
「自分史の会」8号の製本案と表紙案をそれぞれ2案提示し説明。

2.午後 同じ検見川。限定本「60年後に届いた父からの手紙」の打ち合わせ。
(水道橋へ移動)

3.午後4時 神田錦町の洋紙店「竹尾」。
見本帳を見て本の表紙用紙を注文。表紙のカバー(ジャケット)に使う用紙は両袖を折り返す。(本の幅×2)+本の厚み(束)+(袖の幅×2)という大変に細長いものになる。
裁断を依頼。明日、引き取り。

4.5時   神田・猿楽町のそば屋「松翁」。
竹尾に同行してくれた友人の案内。
コシがあって美味。わが「松庵」も、ときとして似た味になることがある。
ざる、お願いします、と言ったら「甘いつゆにするか、辛いつゆにするか?」と聞く。
へー、甘と辛の二つも用意しているそば屋なんて初めてだ。さすが人気の店だ。
松翁

辛い方で注文。

5.6時   松翁近くの箔押し会社訪問
(横浜へ移動)

6.6時   隠居所で友人と歓談。
友人は出版社を定年退職後一人で出版社を立ち上げ年5冊ペースで発行。今回の私の作った本を見てもらって、構成や版の組み方などアドバイスをもらった。

改行した次の行に頭に、かぎかっこが来たとき、彼はどう処理しているか確認。
新聞では、一字下げてはっきりと改行していることがわかるが、書籍では普通一字下げをしていない。
「本文文字が大きい場合は半角下げ」だという。
一字下げると、かぎかっこの分もあって二字下がった感じなるが、半角なら十分に改行していることがわかる、という。なるほど。

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2009年2月 1日 (日)

車種と運転傾向

前を走っているクルマのイライラ運転の話になったとき、車種によって運転傾向ってあるよなー、ということになって、一人がカローラをあげサニーをあげた。私も「プリメーラもあるぜ」と付け加えた。

こんな傲慢な態度だから、いつの日にか事故を起こすハメになるのだが、クルマの車種によって飛ばすクルマとユックリ運転のクルマがある、というのはほぼあたっている。

きょう孫をお絵描き教室に迎えに行くのに、鶴見まで国道一号線を走った。日曜日は必ず白バイの姿をみる。だから皆さん、だいたい50キロ制限プラスで走行している。

私の前のサニーは必要以上に前車との車間を空けて走っている。こっちはせっかちだからイライラする。車線変更しようかと思ったけど思いとどまった。以前だったら、さっさとハンドルを切った。さすが去年接触事故を起こしたばかり。自重した。

一分、二分を争う訳でもないのになぜ急ぐ、といわれる。
そのようにできない性格だもん。だいぶ損をした人生を送ってきたことは間違いない。

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